file.76 藤田九衛門商店の「鯉焼き」

いちにちいちあんこ

仕事が急にぽかりとあいてしまい、時間ができたので長野市と上田市に遊びに行ってきました。
実は…。大きな声では言えませんけど、仏教美術関連の本にかかわってきたのにもかかわらず、善光寺に一度も行ったことがなかったのです。ひゃ~やばいやばい!!

そんなこんなで、まず訪れたのは善光寺。

まずは荷物を預かってもらおうと、ゲストハウス1166さんへ。
一人で旅をするときは、よくゲストハウスを利用します。この5・6年で日本でもゲストハウスがぐんと増えましたよね。地元の情報を教えてもらえたり、また普段はなかなかクロスしないような人と出会うこともできるので、すごく楽しい。

さてさて、今回のいちあんこも、ゲストハウスの方に教えていただきました。

善光寺から、少し路地に入ったところにある「藤田九衛門商店」という和菓子屋さん。美味しいたい焼きみたいなあんこのお菓子「鯉焼き」が食べられますよ!とのこと。早速尋ねてみたい気持ちではありますが、まずは善光寺さんにご挨拶しないと。

そんなわけで、善光寺さんへお参りしてこちらのお店に向かったのは、4時を超えてしまっていました。肝心のお菓子が売切れてしまったらどうしよう、と思いながら急ぎ足でむかいます。

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善光寺の参道周辺には、宿坊がたくさんありますが、正面参道を一本入った少し細い道を進んでいくと…
anko20140912-2ありました~!こちらが「藤田九衛門商店」さんです!

粋な藍色ののれんがかっこいいですね~。昔からあるお店なのかしら?落ち着きがあって雰囲気のある店構えです。
anko20140912-3こんにちは~と言いながらそろそろと引き戸を開けると、こんな感じのガラスのケース。

お菓子まだ残ってる!よかった!

店内は思ったより天井も高くて広い。美しい日本の器、漆器などがさりげなく使ってあって内装も素敵ですよ!

そんな中で現れたのは作務衣姿の男性。ご主人ですね??

早速、鯉焼きを二種類一個ずつ。本当はお土産にもっと買いたかったのですが日持ちしないとのことで、今日自分で食べられる分でぐっとこらえました。

こちらの鯉焼きのあんこは、なんと「花豆」なんです!

「花豆」は、生産量もそれほどない貴重な豆です。私の記憶では、私が生まれた埼玉中部では取れず、群馬県のほうに遊びに行った時に母がお土産で買ってくる美味しい豆。いわば「ご馳走豆」でした。

その「花豆」を贅沢にもあんこにしてしまうとは!
そんな感動をご主人にお伝えすると、

「花豆は標高700から1000メートルの場所でないと豆がとれないんです。長野でも当店のあるこのあたりでは、花は咲くのに実がならない。不思議でしょう」

へえええ!不思議~~!!

花豆は長野でも標高が700~1000メートルの場所でしか収穫できない貴重な豆。その土地でとれたものを使って美味しいものをつくるということがしたかったご主人は、この貴重な地の豆・花豆をあんこに、そしてこれまた長野県産の美味しい小麦を使ってお菓子を作ることにした、……とそんなお話をしてくださいました。
anko20140912-5「これが、鯉焼きの型の原型なんです」

そう言って見せてくださったのが、かわいらしい木製の鯉。おお!かわいい~!左が表、右が裏、かな?この二つの型を合わせて一体の鯉になる、ということですね。

「仏師の方に彫っていただいたんですよ。長野は海がない県でしょ。だけど、皆さん何の疑問も感じずに普通に『鯛焼き』を作る。え?長野は鯛はいないのになんで?と思った。佐久は鯉が有名です。だから『鯉焼き』を作ったらいいじゃないですか、と言うと、なるほどねとは言ってくれても、だれも作らない。だったらもう自分で作ろうと思ったんです」

ご主人は大坂のご出身で、銀座で日本料理の料理人をされていたんだそう。いろんな世界を見てきた方だからこそ、そんな「シンプルだけどずっと住んでいる人にとってはわかりにくい大切なこと」に気付く『目』を持っておられたんでしょう。

「それでね。型を作るときも時間がかかりました。鯛焼きみたいに動きがないデザインにしたくなかった。死んでる魚じゃなくて、生きてる鯉でお菓子を作りたかったんですよね」

なるほど!確かに生きてる生きてる。生きてるっていうか「跳ねてる」!

……そんなお話をしているうちになんだかもう、その場でこの鯉焼きをいただきたくなってしまいました。こちらではお抹茶も何種類かおいてらして、御主人が点ててくださるとのこと。一番高価なものは2500円のものもありましたが、私は手を出しやすい500円くらいの種類のものでお願いしました。

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ご主人がお茶を入れてくださってる間に、撮影大会!!こちらが二種類の鯉焼きですよ!

青い包装のものが最もプレーンな鯉焼き、黒いほうが生地に墨が入っている鯉焼きです。

anko20140912-8包装紙をとるとこんな感じ。よく見ると両方ともお腹のほうを並べて写真撮ってますね、私。
anko20140912-10こちらが表(墨)で…
anko20140912-11こちらが裏(プレーン)。

かわいいでしょ~!?
anko20140912-6ご主人がお茶を持ってきてくださいました。ではではさっそくいただいてみましょうか!
anko20140912-9思い切ってお腹から割ってみました。こちらが花豆のあんこですよ~!よく見ると、皮の部分が入っているのがわかりますでしょうか。
anko20140912-7この花豆の皮、ですが。これにもご主人のこだわりが。
なんと花豆を炊くときに、二種類の方法で炊くんだそうです。花豆は皮が固めなのですが、それも美味しさとして考え、一つは皮の硬さが少し残る炊き方にし溜まり醤油を加え、細かく刻んで皮の存在感を残す。そしてもう一つは皮もやわらかく炊き上げる方法で作り、…。そして出来上がった二つのあんこを混ぜ合わせてやっと「鯉焼きのあんこ」になるんだと。

ひゃ~、手が込んでますね~!

いただいてみますと…なるほど、花豆の風味がどんとくるその先に、少し香ばしい気配があります。言われてみたら醤油の香ばしさですね!そして皮の食感がごくごくわずかなアクセントとして舌にあたります。

美味しい!!

すごく美味しい!!

あんこはもちろんですけど、この皮がまた美味しい!!モチっとしていて、食べてて気持ちよくて癖になる食感です。

ううううむ。これはいい。

もし、家の近くにこのお店があったら二日に一度は絶対食べに来ちゃいますよ!と叫ぶ私。なぜ二日に一度かというと、それぐらい制限をかけないと果てしなく食べてしまうからです。

そんなことを口走る私に、御主人はにっこり笑って、

「来週また来たらいいですよ。今季節もので桃のあんこを開発中ですから」

と悪魔の?ささやき…。桃のあんこ~!!?何それ絶対美味しいよ~!!

「来週も、お待ちしております」

……とどめ刺されました。さすがに来週は無理かもしれませんが、鯉焼きを食べるために、そしてご主人と話したいがためにまた来てしまうのは間違いないです!

本当に魅力的なあんこものとご主人でした。皆さんも長野に行ったら絶対に行ったほうがいいですよ~!

藤田九衛門商店
http://fujitakuemon.wordpress.com/

イシブカツvol.10  あついぞ!熊谷&深谷⑤善光寺式板碑コンプリート!


イシブカツ
全国でも数基しかないデザインの板碑
さて、狛犬さんたちにくぎ付けだった私たちですが、本題の板碑を見なくちゃね、と我に帰りました。
本堂を出て歩いて5分ぐらい。寺務所というか、もう一つの大きな建物があるんですけど、そこに至るまでの一般道のすぐわきに…
板碑ありました!
「立派立派!いいかんじだねえ」
にっこりとうなづきあう石部二人組。

これが本日、かなりメインな位置づけの板碑です。
というのも、熊谷のこの区域に、このデザインの板碑が3基あるんですけど、全国的に見てもとても珍しいものなんです。

板碑には梵字だけで表す場合と、実際に仏像を彫り出す場合とありますが、こちらに描かれている、仏像のスタイルがちょっと特別なのです。こういうのを「善光寺式」と言い、仏像の世界でもこのようなスタイルが存在します。

さて、この「善光寺式」ですが、これは、長野にある大寺院「善光寺」のご本尊のかたち(スタイル)のこと。じつは、仏教公伝の伝説なのですが、このご本尊は「一光三尊阿弥陀如来」像と呼ばれ、日本で最古とされる仏像です。

昔日本史でならいましたよね。仏教が百済の聖明王より欽明天皇に初めてもたらされたってお話。「ごさんぱい」で538年、って暗記するやつです。(552年説もあります)
この時にもたらされた仏像が、この善光寺のご本尊だという言い伝えがあるのですね。実はこのご本尊は「絶対秘仏」なので、だれも見たことがないはずなのですが、これがそのスタイルだ、と伝わっているのが不思議ですね。とはいえ、古代からこれが「善光寺式」と言われてきたことは確かなのです。

んで、それがどういうものかと申しますと…善光寺式阿弥陀三尊像こ、こんなかんじです!
…はあはあ(息切れ)…。イラストにしてみたら難しかった(^^;)。いろいろ略しましたがざっくりこんな感じです。

まず、中央には阿弥陀如来さん、そしてその左右には脇侍の観音菩薩さんと勢至菩薩さんがいます。これは「三尊」といい、よく見る表現です。

では、善光寺式はどんな特徴があるかと申しますと、まずはその手のかたち〔印〕でしょうか。阿弥陀さんは左手をおろして、人差し指と中指をそろえた形(「刀印」)をしてます。そして菩薩さんたちは、胸の前で上下に手を合わせているような形(梵篋印)をしてます。

そして、仏さんたちが載ってる蓮台、普通は花弁があるお花の状態を台にした感じですが、花が散り終わって臼状になった蓮を台にしてます。

そして一番わかりやすいのは、三尊で一つの光背(後ろの光の部分)だということです。
善光寺式板碑ほら!確かに一つの光背の中に、三尊おさまってますよね?
ちなみに真ん中の阿弥陀さんの頭部の周りにあるものは、これは「飛天」または「化仏(化仏)」です。

斎藤実盛さんも善光寺信仰だった?
さて、それにしても何でこの熊谷のこの区域に、善光寺式仏像をレリーフした板碑が残されているのでしょうか。
鎌倉時代、善光寺は全国で崇敬されました。源頼朝や北条時宗も深く帰依しましたし、鎌倉新仏教の開祖たちも、こちらにお参りしています。宗派や主義を超えて崇敬されるのがこちらの特徴で、これは現在でも続いています。
#善光寺は、無宗派。天台宗と浄土宗両派でお祀りしている珍しいお寺です。

おそらく、熊谷のあたりでも、善光寺信仰を持つ武士がいたんでしょうね。こちらの板碑は、斎藤実盛さん創建の歓喜院の境内にありますから、斎藤さんちも善光寺信仰だったのかもしれません。

こちらの板碑、すごくいい感じです。仏さんのお顔はよくわからなくなっていますが、全体にまろやかな感じがして素敵です。鎌倉時代中期ごろの作と推測されています。

「あれ?なんかおかしいよ」
裏面を見ていた石造センパイが叫びました。板碑こちらが裏側。三つの文字が見えますが、「梵字」です。

「あれ??この梵字、「バク」?なんで?」

いぶかしむ石造センパイ。そうなんです。「バク」という梵字は釈迦如来を表します。この三文字は「釈迦三尊」を意味しているのです。

「表は阿弥陀三尊で、裏は釈迦三尊なんて珍しいよね」

普通は両面おなじですよね。なんでなんでしょう?帰宅してから調べてみましたが、「類例がない」と書かれていました。うーん。

せっかくだからコンプリートしたい
さて、謎は残しつつですが、時間的にもうちょっと見て廻れそうです。

調べてみましたら、このエリアであと二基、これと同じスタイルの板碑があることがわかりました。すごく珍しいものですから。あと二基見たらこのエリアでは「コンプリート」ですよ。そりゃ、みにいきますよね。

歓喜院から、車で10分ほど。

福寿院というお寺さんにやってきました。お寺さんと言っても無住寺のようですね。締め切った本堂と思しき建物と、墓地があります。
福寿院板碑ありましたありました!確かに一つの光背に三尊像です。
福寿院板碑ディテイルわかりにくいですが、菩薩さんたちの手の形、また宝冠のかたちがいかにも善光寺式です。

さてさて、もう一つでコンプリートですよ!!と騒ぐ私。
はっと気づくと、心なしか石造センパイが元気ない。

「……むとうさん、暑いね」

わあ、やっぱり暑さに体力奪われてる!
もう一つ、もう一つで今日は終わりですから!カキ氷食べましょうね!と励ましながら、急いで車に乗ります。

そしてまた約10分ほどのところ、能護寺さんです。
能護寺広々と広がる田園風景の中にぽつんと大きなお寺さん。こちらは何と創建は8世紀。行基菩薩が開創で、9世紀に空海さんが再建したとの縁起があるそうですよ。

20130722-37言葉少なになっていく石造センパイ。やばい、これは早く見つけないと!と焦る私。

すると、ありました!墓地の前あたり。ちょっと近くに寄れないので、ズームで写真を撮りました。ちょっとわかりにくいですが、こちらも、大きな光背がみえます。なるほど確かに善光寺式ですね。

しかし、日光が強すぎることもあるのか、よく見えません。……そしてじりじりと、暑い!

「石造センパイ、き、今日はもうこんなところでどうでしょうか」
「うん、むとうさん、今日はもうこれで終わりにしよう」

ヨレヨレなふたり。もう限界です。って言ってもまだ時間としては3時前で普段ならもう一つか二つ、となるところですけど、熊谷の暑さの前には敗北せざるを得ません。

あ~、もう無理~、もう限界だ~と念仏のように唱えながら、熊谷市街に戻り、かき氷屋さん「慈げん」さんへ。
和三盆+小豆あん美味しいかき氷「雪くま」で、どうにか生き返りました!

熊谷は本当に暑いです。石部もやっぱり真夏の熊谷は避けたほうがいいんじゃないか、と実感を持って思いました。「次回は春か秋にしましょうね」と語り合う二人…。

熊谷・深谷はまだまだ見るべきものがたくさんあります。ぜひまた近いうち訪れたいと誓い合う二人なのでした。

(終わり)