板碑の拓本を取ってみよう~拓本をとるの巻~

さて、手作りタンポもできました。
後は、摺るべし、刷るべし!!

手順もそんなに難しくありません。でも、とにかく要注意なのは、とにかく板碑本体に墨がつかないようにするということ!墨は、一度ついてしまうと、なかなか落ちないというか落ちないんだそうです。

直接墨を付けずに、どうやって拓本を取るかというと…こんなかんじです。

① 板碑の上に和紙(裏面が板碑に触るように)を載せます。
② ①の上から、霧吹きで水をまき、全体を湿らせます。
③ タオルや脱脂綿などを使って、和紙がぴったりと板碑にくっつくようにたたいてなじませます。
④ 少し水気が落ち着いたら、練り墨をタンポにつけて、まんべんなくポンポン叩いて墨をうつします。

二つのタンポを使って、墨の塊がついたりしないように気をつけながら墨をのせていきます。

一気に濃くつけるのではなく、2,3回まんべんなく叩いて徐々に濃くしていくといいそうです。自分の好みの濃さに仕上げることができます。

さあ、できました!!
後はこれを板碑からはがせば出来上がりです!!

この方法ですと、間接的なので、墨が板碑に移るということもなく、拓本を取ることができますね。なるほどなるほど~。
教えてくださったボランティアの皆さんが、とってもおおらかでほめ上手なので、私はすっかり嬉しくなって、3点の板碑の拓本をとらせていただきました。

左は1365年、種子は「バン」(大日如来)、中央・右の種子は「キリーク」(阿弥陀如来)。

その板碑も、14世紀の本物の板碑です。デザインがそれぞれで面白いですよね!
摺りの仕上がりを見ますと、左はちょっと墨が濃かったみたい。中央の刷り上がりがいい塩梅かな、と思いました。これもやってみないとわからないことですね。

今回は、本当に貴重な体験をさせていただきました。
やはり、本物に触らせてもらうという体験は大きいです。石の質感を感じながら、じっくりと彫り筋を見たりできるのは、何よりの学習ですね。

また、博物館の皆さんが親切で、とても気持ちのいい時間を過ごさせていただきました。
来年も開催するとのことなので、ぜひ皆さんも体験してみてください!
おすすめですよ~~!

埼玉県立嵐山史跡の博物館
http://www.ranzan-shiseki.spec.ed.jp/
アクセス:東武東上線武蔵嵐山駅から歩いて13分くらい。

 

板碑の拓本をとってみよう~タンポ作りの巻~

突然ですが、「拓本」ってとったことありますか?
私はありませんでした。魚拓はとったことありましたけども。
そんな方は多いんじゃないでしょうか。…あ、女性はもっと率が下がりそうだけど。

これが板碑の拓本!

さて、板碑は石でできているんですけども、そこに彫られている文字や図なんかがちょっと読みにくいな~ということがあるんです。拓本は、その見ずらいものを印刷することによってわかりやすくする、という意味があります。
それから、これの拓本そのものを愛でる、という文化もあるみたいなんですね。

さて、しかしですよ。
「拓本、とってみたいの!」と叫んだところで、そんなこと一般人はそうそうできないですよね。
ところが、なんと、「拓本教室」を開催している貴重な場所があったのです!
それは、埼玉県立嵐山史跡の博物館
日本中世史の博物館として有名ですね。さっすが~~、と思いました。

今回は石田石造(女)氏ももちろん来場。二人で、周囲の板碑を見学したりしつつ(この辺りはまた後日ご報告します)、埼玉県・嵐山町へ!

講義室では、テーブルに本日の道具がセッティングされてます。むむむ。すごいです!
あっさりと小型ながら本物の板碑が、一人に一基、用意されています。

さりげなく本物の板碑がセッティング!

拓本に必要な道具は、意外とシンプル。
和紙、霧吹き(水)、練り墨、新聞紙、そして「タンポ」。
タンポは、水を霧吹きで吹きかけた後に、ぽんぽんと叩いて石に紙をなじませるための道具です。今日はこのタンポ作りから体験させてもらえるとのこと。
タンポも売ってるらしいのですが、自分で自分に合う硬さ、大きさのものを作ったほうがいいそうです。いきなりちょっと上級者な気分。
タンポは、綿・紅絹(もみ)・ひもで作ります。布団綿(手前左)を適度な大きさに切って重ね、生綿(手前右)でくるみ、それをさらに紅絹でくるんで糸できりりと縛ります。
お勧めに従い、大きいのと小さいのを作ってみました。タンポは適度な硬さが必要ということと、下の部分が平らなほうがいいそうですよ。我ながらなかなかうまくできたような気がします。

(~拓本をとるの巻へ続く~)

板碑のちょっと詳しい話

板碑のパーツの名前はこんな感じ。

真ん中にある文字はなんだ
さて、ここで、ものすごくざっくり板碑を構成する要素をご説明しておきますね。

説明できるほど詳しくないのですけども、石ものファンのバイブルともいうべき『日本石造美術辞典』(東京堂出版・川勝政太郎著)でちょっとにわか勉強をしてご紹介します。

ちょっとイラストを描いてみました。かなり細かいところをはしょりましたが、こんなかんじです。
まず中央、一番目立つところにかっこいい字が書いてありますね。このフォント、「梵字(ぼんじ)」といいます。んでもって、この梵字一字が、仏さんのシンボルとなってましてですね。この一字が一種の符号となり仏を表します。これを『種子(しゅじ)』と呼びます。

たとえば、左の板碑の真ん中にある種子はこの一字で『キリーク』と発音されて、この一字でもって「阿弥陀如来」を表現してます。ですのでちょっとわかりにくいかもしれませんが、この一字がずばっと描かれていることによって、この石には阿弥陀如来さんが宿っている、と考えてもいいのかな、と思います。
こちらに描いた絵だと、ちょっとめんどくさなって省いてしまいましたけど、この大きな種子の下部分に、また違う種子が左右に二つ描かれたりします。仏像に興味のある人はお分かりかと思いますが、いわゆる三尊様式と同じですね。阿弥陀さんが、三尊形式で描かれるときには、向かって右に観音さん、左に勢至酸という菩薩さんが描かれますが、板碑でも同じです。

板状なので、いろいろ記録を残しやすいです
それから種子の下あたり。『紀年銘』と書いてありますが、これはつまり「年月日」です。この板碑を立てた日はいつかが書かれてます。
それから、その右下『供養者名』は、この板碑を立てた人の名前、場合によっては数名が連名になっていたります。左下『造立趣旨』は、この板碑を立てた目的。ここに書いてある『逆修』は「生きている間に自分で自分の供養をするためにたてます」という意味。

ほかにもいろんなパーツの名前を書いてしまいましたけど(ほんとはもっと名前があるんですけども)、ざっくり、大切な要素はこの4点なのかな、と思います。
板碑によってもっといろいろバリエーションがありますし、いろんなことがきざんてたりなかったりしますけども、大体こんな感じか~と思っていただければそんなに間違いはないんじゃないかな、と。

こういうことが、石の上に彫られているわけなんです。なかなか私たちのような素人にはわかりにくいんですが、一生懸命見ていると読めたりするんですね。おお!なんか年号「建長」って書いてないか!?と見たりして。そうすると、鎌倉時代の板碑なのか~と思ったりして、ちょっと嬉しい。自己満足ですけど…^^;。