About 武藤 郁子

神仏・聖地探訪家。編集者兼ライターとして神仏や聖地、歴史や自然をテーマに活動中。著書に『縄文神社 首都圏篇』(飛鳥新社)、『縄文神社 関東甲信篇』(双葉社)、共著に『今を生きるための密教』(天夢人)がある。2024年6月『空海と密教解剖図鑑』(エクスナレッジ)を上梓。

file.2 加賀屋の季節限定じょうよ饅頭「ことほぎ」

いちにちいちあんこ

さて、本日のいちあんこは頂きもののお饅頭です。金沢の名旅館「加賀屋」のオリジナル和菓子、「ことほぎ」。母のお友達のお土産。

加賀、といえば美味しいものの宝庫。特に和菓子もお茶文化の発達したところですから名店がたくさんありますし、全体的に何食べてもうまい!状態だと思います。
そんなお土地柄ですから、こちらの「ことほぎ」もお土産物ながら、きっちり上品に美味しい。

「地の食材を生かして」というコンセプト。皮には加賀丸芋を使い、薄紫の色は山川紫というお芋の天然の色合いだそうです。いわゆるじょうよ饅頭ってやつですね。

ことほぎ

そして、やっぱり金箔!
金箔あると加賀って感じしますよねえ。おされですねえ。

ことほぎのあんこそしてあんこは、こしあん。
ねっとり&ずっしり。でも甘さは抑え目で上品。小さいんですけど、かなり食べ応えがあります。

ちょっと濃い目に玉露を入れていただいてもいいし、風味がしっかりしてるので、意外とカフェオレでもいける!

そういえば、遠い昔、私がとある出版社で営業部にいた時、北陸全域~金沢・富山は担当地区でした。私が泊まるのは加賀屋なんて絶対無理でしたけど、小さなビジネスホテルの一室で、加賀の国の和菓子をいただくのが至福の時間でした。

しかも北陸本線の売店には絶対「あんころもち」(250~350円)のパックが売ってましてですね。新潟から富山に行く間にひとパック。富山から金沢に行く間にもひとパック。金沢から岐阜に行く間にもひとパック…と順調に平らげ…。
つらい出張の唯一といっていい楽しいひと時でございました。

出張で行って以来、北陸が大好きになり、その後も何度か一人でぶらぶらしてますが、北陸、っていうか日本海側のあんことごはんと魚ははずれなしです!人もやさしいしな~。
また北陸の旅に行きたいです…。

加賀屋グループ
http://kagaya.yado-log.com/e13312.html

 

 

「えらい人たち」、ことを成し遂げた年齢と寿命にビビる

 

そんなに早く亡くなってたの??!
偉人の年齢や寿命を改めてみていくと、かなりびっくりします。
例えば、織田信長は49歳のとき、本能寺の変で亡くなりました。当時の49歳はそんなに若くないかもしれませんけど、かたや徳川家康は75歳まで生きていますから、やっぱりちょっと若いような気がします。
49歳といえば、上杉謙信も49歳で亡くなりました。ライバルだった武田信玄は53歳。
戦国時代の武将の没年を見ると、50前後から60前後が多いので、当時の平均的な寿命からしてもそのくらいだったのかもしれませんが、自分の来し方に当てはめて考えると、昔の人ってめちゃくちゃ濃厚な一年だったような気がします。歴史に残るような偉人と自分を比べちゃいけないけど、やっぱりすごいなあ、というのが自分がその年齢になってみると実感を伴って分かるような気がしますね。

織田信長の人生で見てみると、
桶狭間の戦いのときなんと26歳!上洛したとき34歳!右大臣になったのが43歳!!!
かたやわたくし26歳の時、編集になって3年目で仕事でいっぱいでよく愚痴ってました。34歳の時、二社目の出版社で仕事でいっぱいいっぱいになって一人寂しく深夜残業してました…。わあ、小さ!!!

実際、同じ人間として彼の人生を見てみると、ほんとに半端ないですよね。ずーっと戦ってます。気の緩む隙など一部もありません。
そしてそんなに忙しいのに、ちゃんと子供も作ってます。正妻以外に10人もの女性を側室に迎えてます。なんてマメなんでしょう!

天下人で、女性にマメといえば、天智天皇(後宮の女性が多かったので勝手にそう連想してしまった)。大化の改新で有名な中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)は、そういえばどんなかんじでしょう。
まず、蘇我家を滅亡させた乙巳の変の時、なんと19歳!
そのあとの大化の改新の時、20歳!
新羅と戦って大敗した白村江の戦い後、都を近江に移して即位したとき37歳。
そして亡くなったのは46歳だそうです。

え、えええ~~!
37歳って、とっくに通り過ぎた年齢ですやん!

…個人的に衝撃走りました。

世界の偉人も調べてみる
こうなってくると、世界のほうもちょっと気になります。

世界の偉人といえば、そうです!イエス=キリストさん!
磔になった時は34歳か37歳だったみたい。若い!!
しかも、それで類推すると、実際に宣教した期間は多くても3年ほどだったんですって。信じられません。そんなに短期間での教えが、2000年もの間人々に信仰されてきたんですから、まさに奇跡です。

この方向での偉人といえば、イスラム教の開祖ムハンマドは享年62。仏教の開祖ゴータマ・シッダールタは80歳で亡くなっています。

ちなみに、ムハンマドが啓示をうけたの40歳頃。シッダールタが出家したのが29歳で、悟りを開いたのが35歳の時です。
わあ~~~!ほとんどすべて過ぎ去ってる~~~!

いや、こんなすごい人たちと比べたった意味ないことは重々わかってますよ。でもやっぱり比べちゃうわけですよ。

逆に長生きだった偉人たち
若くしてことをなしたことにビビってるばかりでは、あれですので、逆にめちゃくちゃな長生きで、大器晩成な偉人かいないかな、ということでちょっと見てみましょう。

まず一番最初に挙がるのは、北条早雲ですね。
北条早雲が、一般的に歴史の中に表れてきたとされている駿河の国下向が、44歳の時。
戦国時代の下剋上の先鞭、嚆矢と言われる伊豆討ち入りが、61歳。
相模の国を平定したのがなんと86歳。そして88歳で亡くなりました。
(とはいえ、最近では疑問を呈している研究者もいるとのことですが^^;)

それから、鎌倉時代の高僧、重源上人も長生き。
重源さんは、東大寺大仏殿再建の責任者になった時、すでに61歳。そしてやり遂げて85歳で亡くなってます。これもすごい話ですよね。

あと、何気にめちゃくちゃ長生きしてるのが、真田信之。有名な真田幸村のお兄さんですね。なんとなくなったの93歳ですって!
信之は大器晩成というよりも、若いころからできる人だったと思いますが、派手な父親と弟に少々隠れがちですよね。それにしても93歳とは驚きました。

それから、信之と比べてしまうとあれですけど、徳川家康も75歳と長命でした。
彼の場合を見ていると、あの過酷な環境と試練の連続の中、それでも生き延びて、生き抜いて、最後につかみ取った天下だったという感じがしますよね。対して秀吉は61歳で亡くなっていますが、もしあと10年秀吉が長生きしていたら、家康に天下はまわってこなかったでしょう。
長命も才能のうち。これも中国風に言えば天命なんでしょうね。

それにしましても。
この記事を書いていて、凡人なワタクシは、ため息のつきっぱなしでありました。どっちにしてもまじめにコツコツ生きていこーっと。というのが私のささやかな決意なのでした。

file1.上野みはしの小倉あんみつ

いちにちいちあんこ
「いちにちいちあんこ」栄えある一回目は、大好きな上野みはしの小倉あんみつ!
上野みはしは、なんといってもこしあんが、めちゃくちゃ美味しい!! とにかく、とろけるような口どけ。絶妙な甘み。小豆の上品な風味。特別な味付けとかではなく、とにかくこれぞ王道な美味しいあんこです。
みはしのこしあん

私はこのあんこを食べるたびに、思わず目をつぶってしまいます。「ふわあ」って心の中で叫びながらいただいてます。声に出さないで静かに味わうのは、ちょっと大人になったからなのです。

昨日いただいたのは、「小倉あんみつ」550円。小倉あんみつには小倉のアイスが乗ってます。この小倉アイスはアイスクリームというよりはシャーベットという感じ。あっさり系。
小倉あんみつ

上野みはしは上野に本店がありますが、結構支店も出してます。この写真は上野アトレでの写真ですが、私はよく池袋東武のみはしに立ち寄ります。お持ち帰りもありますので、ぜひ試してみてください!

上野みはし
https://www.mihashi.co.jp/top.shtml