私にとって本屋さんは「自由の天地」だった
子供のころ、田舎町でしたが本屋さんは何軒もありました。私がいつも通っていた本屋さんは4軒。自転車で10分くらいのところにある2軒、20分行ったところに2軒。この4軒を必ず毎週一回は見に行っていました。
たいしておこづかいもないですから、毎回何かを買えるわけではないんです。でも書店にいって本を眺める、手に取る。そして新刊のインクのにおいを目いっぱい吸い込む……。
この空間には、いろんな考え方がある。
この空間には、いろんな人がいる。
この空間には、限界がない。
いつも「ムトウは変わってる」と言われて、笑ってやり過ごしながらも、傷ついていたのかもしれません。「変わってる」とまた言われるのが嫌だから、本音は言わなかったですし、自分が何を考えているかも言わないようにしていました。そんな私にとって、本屋さんは、「多様であること」を許してくれる唯一の場所だったように思います。
「自由の天地」。
大げさかもしれませんが、それが「本屋さん」でした。
小説にしろ漫画にしろ、作者は独創的で物知りで、そして普通じゃない大人です。そんな大人がこんなにたくさんいるんだと感じ、そのオトナが紡ぎ出す多彩な世界へ自分もワープできてしまう喜び。その入り口が「本屋さん」だったんです。
そのワープしていく感覚を強烈に、まるでフラッシュバックのように思い出してしまいました。
それは、『まちの本屋』、この本を読みはじめて間もなくのこと。
あの新しいインクと紙のにおい、面白い本がたくさん並んだ棚が、ドドンと私の前に立ち現れる……。
「あ、いい本屋さんに入ったぞ!って思う、あの感覚だ、間違いない」
行間から、もうその匂いが立ち上がってきてしまっている、そんな本なのです。
もっともっと「耕そう」。面白い世界を、自由な世界を。
前置き?が長くなってしまいました。
実は、本書の著者である田口幹人さんは、私が編集のお手伝いをさせていただいております畠山健二先生の『本所おけら長屋シリーズ』を、最初から「これは面白い!」と評価してくださり、ずっと売りまくってくださっているんです。そのご縁で、以前からお名前とお噂はお聞きしていたのですが、今回初の著作を発表される、ということで、私も首を長くしてお待ちしていたのです。
ワクワクしながら、読み始めて1ページ目で、早くも鼻がツゥン。
告白してしまいますが、11ページで、目次を抜きますと、始まってわずかに3ページ目、「はじめに」でまさかの落涙。
田口さんがお勤めのさわや書店さんは盛岡の本屋さん。あの東日本大震災の時、被災した釜石店に救援に通われた時のお話が語られるんですが、もう、ダメ。私は半端なく落涙…。
「本屋に生まれ、子どもの頃から本に囲まれて、好きな本を好きなだけ読むことのできる環境で育った僕は、心のどこかで本は嗜好品なんだと思っていた。本は、本を好きな人が読むもの。気持ちにあるいは時間的・経済的に余裕のある人が読むもの。しかし、それは間違っていた」(「はじめに」より引用)
「本屋は、単なる嗜好品を扱う場所ではなかった。そこになければならないものだった。震災はそれを教えてくれた。東北の人たちにとって、そして日本人にとって、本は必需品だったのだ。本というものの力を改めて認識した瞬間だった」(「はじめに」より引用)
なんて、なんて、現実と悲しみと、夢に溢れた言葉なんでしょう。
「田口さん、そう、そうなんですよ!!私にとっても必需品でした!本がなかったら私は今ここにいなかった。あの場所がなかったら、私は森の中に入って、出てこなかったかもしれないんです!」
そんな叫びを胸に秘めながら、真昼間の電車の中で読み始めて、しゃくりあげる私。
やばい、明らかに不審。
はじめにからしてこの調子です。最初から最後まで、何度も何度も泣いてしまいました。
田口さんが語られる、ご自身のこと。お仕事のこと。本書で語られるすべてが、わたしの涙スイッチを押しまくるんです。
それは、私が本に助けられた人間だからかもしれません。
本屋さんが大好きで、本屋さんが居場所になってくれていたからかもしれません。
そして、大人になってから本をつくる仕事がしたくて、出版社に入った。以来ずっと本をつくり続けてきました。そうしていく中、見失っていたかもしれない大切なことを、田口さんが語る熱い言葉に触発されて、一つ一つ思い出したからかもしれません。
本当に、本書は素晴らしい本です。
出版関係に勤める人全員に読んでいただきたい。出版社、書店、図書館、取次、フリー編集、フリーライターすべての人に。
私たち、本が好きで今の仕事はじめましたよね。本が好きなんですよね。
そこから、改めて始めましょうよ。
シンプルに考えたらいいじゃないですか。
面白い本作りましょうよ。
つくったら一生懸命、面白い本があるよって、みんなに知ってもらいましょうよ。それから粘って粘って粘りまくって買ってもらいましょうよ。
田口さんは、本書の中で「耕す」という表現をよく使われます。田口さんの師匠がよく言っていた言葉なんだそうです。
「僕が意識したのは、本屋を「耕す」ことでした。農業の「耕す」と一緒です。」
お客さんとのコミュニケーションも「耕す」。、積極的に会話をする、そうしたことを重ねること・「耕す」ことで生まれる信頼関係が新しい何かを生む。
本が詰め込まれた棚を、常に手を加え変えていく――棚を「耕す」。動きのある棚、あえて動かさない棚。そこには書店員さんの思考が集積され、私たちのこころを耕す栄養がここにあるよと教えてくれます。
私も、一生懸命耕そう。
フリー編集の私ができることは限られています。でも、私ができる「耕す」ことをもっとしなくっちゃ。たくさん本を読んで、勉強して、多くの人と出会って話をする。
つたなくても、もっと文章を書こう。自分が感動したこと、面白いことを畑を耕すように、続けていこう。
田口さん、素晴らしい本をありがとうございました。
明日から、また頑張ります。
(むとう)