謎に包まれた東海の雄族「尾張氏」の真相に迫る!『消された王権 尾張氏の正体』関裕二著(PHP新書)

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『日本書紀』は朝廷が編纂した歴史書で、この中に掲載されていることが「正史」とされています。しかし、だからといってそれが真実であるかというと、そういうことでもないわけですね。当時の朝廷にとって都合がいいようにと、強いバイアスかかっていることは、常識になっているのではないかと思います。

これまで、関先生は様々なテーマにおいて、そのことについて指摘してこられました。そして本書では、尾張氏に代表されるような、東海地方の人々の記述が功績に対して妙に少ないということを突破口として、考古学的発見や、現在に伝わる事実を重ねて、「尾張氏」の正体に迫ろうとされています。

よくよく考えたら、天皇権を証する「三種の神器」のうち、二つが東海地方にあるんですよね。「草薙剣」は尾張氏の氏社である熱田神宮に祀られていますし、「八咫鏡」は伊勢神宮内宮に祀られています。これはよく知られた事実なわけですけども、かなり不自然です。不自然なところには、重要な何かが隠されているものですよね。

関先生ならではの発想で読み解かれる尾張氏の実像と、古代の天皇(大王)家の真実とは!?
古代史にご興味のある方、ぜひお手にとってご覧くださいませ!

(むとう)

女系の血統に注目すると見えてくる古代史の真相!『女系で読み解く天皇の古代史』関裕二著(PHP新書)

どの時代でも「生きもの」としての人間は、そうそう変わらないと思います。特に喜びや悲しみ、祈りたくなる…といったエモーショナルな部分は変わらないですね。一方、環境に伴って、より生存しやすいパターンに暮らしを合わせていくという点では、変化はつきものです。歴史を振り返る際には、その変化を想像のうちに入れておかないと見誤るでしょう。

今回、関先生が改めて提案されているのは、「女系の血統から古代史を読み解く」という方法です。というのも、古代史の社会と、現在の私達が属する社会とで決定的に違うのが、子育ての主体が「女系家族」にある、という点です。「妻問婚」とも言いますが、男性が女性の実家に通い、子どもができたら、女性の家族が養育します。つまり母の一族に、養育の主体があり、基本的には、父方は口を出せません。

そんな社会であるということを念頭に古代史を見てみたら、これまで、男系の血統ばかりを見すぎてきたのではないか??……ということなのです。帯に、

「古代の天皇は父親よりも、母親の血統で決まった」

とありますが、この視点は非常に重要ですよね。当時の王族は、母方氏族に育てられて大人になり、その後、経済的に支援してくれるのも母方なのですから。その母方がどんな氏族であるかを知ることは、当時の実態を想像するのに必要不可欠なことでしょう。

今回先生が読み解くのは、6世紀から8世紀にかけて。日本史上でも「女帝」が続出した特別な時代です。一般的には、「中継ぎ」として女帝が登場した…と説明されることが多いのですが、果たしてそれだけが理由でしょうか。他に男性王族がいるにもかかわらず女帝が立ったことには、もっと積極的な理由があったのではないか…ということを、関先生が「女系血統」という一つの視点を示しながら、読み解いてくださいます。

またその視点から、そもそも古代には、大王になれる「三つの血統」があったのではないか、とおっしゃいます。その血統は、女系血統から読み解けるのではないか、…と、まさに目から鱗が落ちる「関先生史論」が展開されていますよ!

ぜひ、お手に取ってみてくださいね!

(むとう)

文献と考古学から読み解く古代史最大のミステリー!『邪馬台国とヤマト建国の謎』関裕二著(PHP文庫)

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関先生の新刊をお手伝いさせていただきました~!

今回のお題は、邪馬台国とヤマト建国。古代史ファンにとって、「邪馬台国」も「ヤマト建国」もたまらないテーマですよね。本書はその魅力的なテーマを、関先生ならではの視点で書き下ろしていただきました。

なんといっても「邪馬台国」は、あえて申し上げるのもなんですね。古代史最大のミステリーです。これほど長い間、プロ・アマに関わらず、論じられ続けてきたテーマは、他にないんじゃないでしょうか。

中国の文献に残された「倭」、そしてその中の一国である「邪馬台国」と女王「卑弥呼」。その中で「邪馬台国」とはどこにあったのか、卑弥呼という王はどんな人物だったのかについて、様々な説があり、いまだ決着していません。日本側の文献や墳墓から、文字で記録されたものが残されていたら(出土したら)、ここまで多くの人に論じられ続けることもなかったでしょう。しかし出てこないのですから、結局は確定できません。今も未決着のまま…

いやしかし。

少々無責任な言い方をしてしまいますが、その決定打が出ないというのが、スパイスなのかもしれませんね。やっぱりこちらなのか?いや、しかしこんな遺跡が出ているんだから、そちらなのではないか…と想像したり、誰かと討論するのが、また楽しい。ロマンですね。

これまでにも、様々なご著書で邪馬台国について触れてこられましたが、今現在の先生が「邪馬台国」をどう考えているのかを、改めて知りたい!と言うのが、本企画の出発点でした。

そして、「はじめに」からちょっとだけ引用――

「そこで、新たな仮説を用意しようと思う。それは倭国の女王・卑弥呼は、魏の使者の邪馬台国(邪馬台国はあくまでも”倭国の女王が住むところ”だ)訪問を、嫌っていたのではないか、というものだ。あらゆる手段を講じて、妨害しようとしていたのではないか……。北部九州の邪馬台国は偽物で、本当の「ヤマト」は、畿内にあった。」

――えええ?どういうこと??

そう思った方も多いのではないかと思いますが、ぜひお手に取ってみてください。いろいろな意見があって当然の「邪馬台国論」ですが、本書を読んでいただくと、先生の”新邪馬台国論”に頷いてしまうのと同時に、「ヤマト建国」についても、新しいイメージが湧き上がってくるのではないかと思います。つくづくこの二つのテーマは、不可分なのですね。ぜひ本書を参考に、自分の中の「邪馬台国」像を、バージョンアップしてみてください!

(むとう)