『荒ぶる波濤』/津本陽著

突然ですが、実は私、古武術、剣豪好きなんです。

昔、剣道をやってまして、その時の師匠(正確に言うと師匠の師匠の師匠ぐらい。雲の上の人)が、ま~~~かっこよくてですね。私が出会ったのは中学生ぐらいでしたが、そのときすでに60代後半だったと思います。胴着姿もかっこよかったですけど、普段も細身の引き締まった体にいつもピシッとピンストライプの背広で、髪の毛はオールバックでね。

ものすごく強くて、厳しくて、そして優しい人でした。「昔の剣豪というのはこういう人だったんじゃないかな」と子ども心に思い、憧れました。
言葉はあまり多い人ではありませんでしたが、微笑みを含んだ視線でうなずかれたりすると、泣きたいくらいうれしかったものです。関わり合いは遠いはずですが、ずいぶん可愛がっていただいたと思います。どうしてそうしていただけたのか、今でも不思議なくらい。

さて、この先生のたたずまい、というのがいつも頭の中にある私としては、剣道を自分ではやらなくなってしまったその後も、剣豪小説は大好きなジャンルです

そんな私にとって、津本陽(つもとよう)先生という作家は、特別な存在でした。津本先生はまさに「大作家」。直木賞はもちろん、紫綬褒章などでも顕彰されておられます。

『下天は夢か』などの戦国もの、『塚原卜伝十二番勝負』などの剣豪もの、『坂本龍馬』などの幕末ものなど…。本当にたくさんの作品をものされてますが、その中でも、特に剣豪ものが私にとっては好きなジャンルです。

ご自身も剣道3段、抜刀道5段の剣士でらして、自身の体験から来るであろう体さばきや心の動き。そういうものがとてもリアルではっとさせられます。また、エッセイでは古武術の道場を訪ねる、といったものもあり、それがまたおもしろいんですよねえ!すっごい勉強になります!

さて、そんな憧れの津本陽先生の単行本を、文庫にするということで、お手伝いさせていただいたのが本書です。いやあ、もう本当に光栄です!!子どものころから尊敬している作家の先生のお仕事させていただけるなんて、ほんと幸せものですね。

荒ぶる波濤

剣豪ものではなく副題にあるように、幕末のお話。主人公は「陸奥宗光(むつむねみつ)」さんです。陸奥宗光さんといえば、明治時代の名外交官として有名ですよね。

幕末以来の宿願であった欧米列強との不平等条約を、見事撤廃させた人物です。そして日清戦争では、伊藤博文首相とともに、外相として全権として下関条約締結にも立ち会いました。

しかし、本書では、その前のお話、青春時代の陸奥宗光「陸奥陽之助」が主人公になっています。
ものすごい外交官・政治家になる前のお話です。溢れる才能に恵まれた秀才でありながら、未熟で、世の中を冷めて見ている、孤独な青年…。こういう言い方してしまうのはよくないかもしれませんが、かなり「やなやつ」です。頭がよくて、才能もあるけど、なんだか周りを拒絶するような、そんな感じの青年。

そうなるのはまあしょうがないよね、ってくらい大変な目に合っているので、納得してしまうのですが、そこで、「坂本龍馬」と出会います。龍馬の天真爛漫さと大望に引き込まれていく陽之助。そして龍馬が死ぬまでの間の二人の「青春時代」が本書では描かれています。

幕末から明治というのは現代日本の「青春」と言ってもいい時代ではないかと思います。荒々しくて乱暴でめちゃくちゃで。でもちょっとだけ切ない。のちに大成する陸奥宗光ではなく、未熟で孤独な青年・陽之助の青春が、時代とオーバーラップしていくかのように描き出されていきます。

津本先生らしい、重厚な歴史小説です。幕末好きな方、坂本龍馬マニアな方もぜひお手に取ってみてくださいまし!(むとう)

 

『本所おけら長屋』/畠山健二著

入院前に、校正読みをお手伝いさせていただいた一冊をご紹介します。入院してしまったために校了作業のお手伝いまでできず、N編集長にはとてもご迷惑をおかけしてしまったので、個人的には申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、なんといっても素晴らしい作品ですので、こちらでもご紹介させていただけたらと思います。

*        *        *

私は、ちょっと元気がないときに「時代小説」を好んで手に取ります。

最大限弱っているときには、山本周五郎さん。
人間関係に嫌なことがあったりして元気が出ないときは、池波正太郎さん。
センチメンタルな気持ちになっているときには藤沢周平さん。
自分に元気(喝)がほしいときには隆慶一郎さん。

時代小説を書かれる小説家の先生というのは、どうしてこんなに「人間」に詳しいのでしょうか。人生の厚みみたいなものを教えてくださいます。

さて、今回ご紹介する『本所おけら長屋』も、そんな時代小説の一つです。

著者の畠山健二さんは、もともと演芸作家としてご活躍されている方だそうなので、台詞回し、掛け合いが絶妙に楽しい。下町・本所の江戸っ子たちの人情溢れるお話の数々は、「人間賛歌」に満ちています。

細かく好きなセリフなど書いてしまうとネタバレになってしまうので、控えますが、たくさん好きな言葉があります。そして何と言っても、かけあいの呼吸が絶妙。空気感と言いましょうか。
うううん。たまりません!

そうですね、これは…。「いやなことがあってしょぼんとしている時」に読む本に決定!
この本を読めば、きっと、私も頑張ろう、と顔をあげてにっこり笑えるんじゃないかと思います。

ぜひ、お手に取ってみてください!

『今こそ知っておきたい「災害の日本史」』/岳真也 著


少々久しぶりになってしまいましたが、お仕事のご報告です。
一部編集のお手伝いをさせていただきました、『今こそ知っておきたい「災害の日本史」』をご紹介させていただきます。

なんと、640ページですよ!驚愕のボリューム!
企画者のN編集長は、途中からちょっと涙目になっておられましたが、さもありなん、というボリュームです。普通の文庫の二倍はありますから。
もちろん著者・岳先生のご苦労は推してしるべしです^^;。「よく考えたら普通の本の3倍だもんねえ」と冗談交じりに苦笑されておられたのが思い出されます。

内容をちょっとご紹介しますと、7世紀の白鳳地震から現代までの日本の災害を網羅してまして、本当に大変な労作です。
ただ、こういう災害があった、というデータ本ではありません。
「災害によって政治が変わり、歴史が動いた」ということを、改めて皆さんにお伝えできたら、ということが本企画のキモなのです。また、日本が「災害大国」であるということ、そのことを「知る」ということの重要さを皆さんにお伝えできたら、と…。

「この辺りでは地震はないよ」
「津波は来ない」
そんな思い込みから被害が増大した例も多く紹介されています。

「災害は忘れたころにやってくる」とよく言いますが、本当にそうですよね。だからこそ平時の時に、自分が住んでいるエリアで、かつて何があったのかを一度調べてみるといいんじゃないか、と思います。
その「かつて」は、1000年単位で考えてもいいんじゃないかと思うんです。人間にとっては長い年月かもしれませんけど、地球にとっては一瞬の時間ですから。

東日本大震災発生から二年を経過しましたが、その後も余震は続いてますし、原発の問題もありますし、まったくもって「終息した」とは言えない状況だと思います。

本書は、もう一度この状況を考えるきっかけにもなるんじゃないか、と思います。ボリュームはすごいですけど、ご興味のあるエリアだけとか時代だけを抜粋読みしていただくのでもよろしいかと^^。ぜひお手に取ってみてください!(むとう)