新潟で京都の秘仏に出会う①まずは新潟のお寿司に出会おう

一周年記念! 京都清水寺、243年ぶりの秘仏開帳が新潟で開催!?
少し時間はさかのぼります。

とある猛暑の日。ネットでちらちらニュースを見ていたところ、とんでもないニュースが飛び込んできました。

「『京都 清水寺展』新潟万代島美術館開催。奥の院ご本尊も登場します。」(要約)

な、な、な、
なんですとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

清水寺奥ノ院のご本尊が出開帳(しゅつかいちょう)!!?

まじでですか!??

私は仕事部屋でひとり叫びました。あんまり驚いたので、FBでも書いてしまいました。この驚きをだれかと共有したい、そんな気持ちでいっぱい…。

なぜ私がこんなに驚いているのかというと、清水寺、というのは、皆さんもよくご存じのあの三年坂とかのある「清水寺」なのですが、清水寺には有名な秘仏が二躰いらっしゃいます。

そのうちの一躰、奥の院のご本尊が、こともあろうに「出開帳」なんて!!本当に信じられない事態です。
*出開帳というのは、お寺さん内でご開帳するのではなく、どこが他の土地に出張してご開帳する、ということです。

まずこの奥の院のご本尊は、平成15年に「243年」!ぶりにご開帳され、仏像ファンの間では、一大ニュースになりました。

243年ぶりですよ?!!

前にあけたときは、1762年ごろってことですよね。徳川将軍10代目家治の時ってことですよ。えらいこと昔です。

実は、清水寺は、火事の多いお寺さんなのです。創建されたのは778年(奈良時代)のことですが、そのあと何度も何度も火事で焼けては、再建されているお寺さんです。

江戸時代にも全焼してますが、三代将軍家光公によって再建され、現在に至っています。243年前になぜご開帳されたのかはわかりませんが、本堂のご本尊のほうは、運営資金を集める勧進のために、江戸時代には何度も江戸に出開帳していることを見ると、そういった何か経済的理由があったのかもしれません。

今回の出開帳も、家光公による「寛永の再建」から380年を数えたことを記念して、とのことなのですが、それにしても、どうして新潟で??!また、このあと沖縄県立博物館を巡回します。新潟と、沖縄……。

正直言って、相当に不思議なことです。何か深いご縁がある、ってことなんでしょうか。

すみません、前置きが長くなってしまいましたが、これはもう、前回2003年の時には、仕事で京都に行くのを断念した私としましては、神の恵み、いや観音さんの恵みってやつじゃないですか。どうにかこうにか見に行かないわけにはいかん!…とスケジュール表とにらめっこです。

ちょうど、ありをりあるが一周年を迎えるので、その記念にちょっと出張したいと思ってましたので、この新潟へ清水寺の観音さんに会いに行くというのを、ぶっこむことにしました。

調べてみますと、高速バスで行くとすごくお安い!ホテルも平日だと半額で泊まれる!

…こうして、一周年記念取材旅行は新潟に決定したのでした。

国内では15年ぶりの高速バスでのブツタビ
10月1日。いよいよ待ちに待った新潟ブツタビに出発です!
朝8時池袋発の長岡バスに乗って出発!

実は高速バス、国内ですと学生以来の体験です。しかも新潟は初めて。バスってなんかワクワクしますね。電車もいいけど、バスもまたいい。不思議な旅情があって!!

約5時間の旅です。

高速バス

(写真:私が載った高速バス。途中PAにて)

時間があまりになかったので、新潟についてあまりよくわかっていない私は、バス内で一生懸命ガイドブックとにらめっこ。

一泊はするものの、時間はそんなにたくさんはありません。本当は新潟市内だけではなくて、村上市や長岡市やたくさん行ってみたいところはありましたが、現実を考えて、新潟市内だけにしぼりました。

新潟市内は、どちらかというと明治以降ハイカラな港町だった場所なので、古い仏像は見当たりません。そういう意味では、今回のブツタビはとにかくお目当ての『京都清水寺展』にしぼったほうがよさそうです。

後は市内を巡回しているバスに乗って、明治から昭和の名家のお庭など見ることにしよう、と決めました。こちらはどちらかというと「石部」の範疇……。
信濃川(写真:途中のPAで見た信濃川。だんだん気持ちが上がってきましたよ!)

それにしても、バスでの移動はとても楽しかった。景色もよく見えますし、また、バスの運転手さんもすごく親切なんですよね。

車内のパーソナルスペースもかなり広いですし。時間は新幹線よりかかっちゃいますけど、お値段3分の一くらいですから、この快適さも含め、本当にいいですね。

さて、そんなこんなで、予定より30分早く、新潟駅に着きました。時間はだいたい13時。

13時といえば、そうです。お昼ご飯食べないと!!

お昼ご飯は、お寿司お寿司お寿司!!!
新潟に行くと決めてから、到着して最初のごはんは「生もの」と決めてました。美味しい新潟の海産物をまずいただきたい!と。

ネットなどで情報収集してみると、意外とネガティブな情報も多く見受けられました。総合しますと、新潟市内(駅に近いエリア)ですと、お寿司は東京とそんなに変わらない…て感じの評価なんです。大きな都市ですから、しょうがないですよね。だけど、私はどうしても地の魚が食べたいのです!

そんなことで、またネットでいろいろ見ていると、私がこれから行こうとしている「万代島美術館」の近くに、評判の回転すし屋さん発見。佐渡の魚を食べさせてくれるというではありませんか!?

よし。ここだ!!

駅から歩いて20分ほどで到着しました。もうおなかはペコペコです。
弁慶

やっと着いた~!「回転寿司 弁慶」です!

幸いなことに、13時半ぐらいで時間も外れていたからでしょうか、待たずにすぐ座れました。普段は大人気なので、けっこう並ぶらしいですよ。

メニューを見て「佐渡産」と書いてあるものを、全部頼もう、と意気込むワタクシ。

佐渡といえば、イカですよ。イカイカ。すみませーんイカくださーい。
アオリイカ

見てください、このツヤを! アオリイカ最高~♪

佐渡。いいなあ、佐渡…。

実は、私にとって佐渡はとても懐かしい、大好きな場所なのです。

10年以上前の話ですが、仕事が大変すぎて壊れかけていた私と友人KとMは、このどうしようもない状況の打開策として、「これ以上ないってくらい落ちたら、もう上がるしかないってそう思うのはどうか」と思いいたりました。

その時、友人Mが、力強くつぶやきました。

「…流人だ。流人の気分を味わうべきだ」

日本史専攻の友人Mは、絶えず渋い打開策を提案してくれる力強き人物です。その時も、「流人」という力強いテーマを投げ込んでくれました。

なるほど、流人か…

それは、私とKにとって、思いもよらぬ投げかけでしたが、心境的にはばっちりはまりました。最初は隠岐の島が候補に挙がりましたが、さすがにちょっと遠すぎます。次に八丈島が上がりますが、南国な感じがして、なんかちょっと今回は違います。

そこで、残ったのが「佐渡」だったのです。

「行くぞ!佐渡に!!」
(←この辺りで、実はもうかなり復活していることに気付かない三人)

こうして訪れた佐渡は、「流人気分」なんてとんでもない。本当に素晴らしい場所でした。

宿も「一番人気がなさそうで、建物も崩れそうな、いけてなさそうな民宿」を、あえてセレクト。ところが、確かにその宿は建物はボロボロだったのですが、おかみさんはいい人だし、ご飯は美味しいし、海はきれいだしで「いけてない」どころか「いうことなし」だったんです。

そのお宿で食べた、イカの美味しかったこと!

夕ご飯はイカ尽くしって感じでしたけど、生で食べても焼いても煮ても、ま~間違いない旨さ。

どん底気分を味わうつもりだった三人でしたが、すっかり楽しくなってしまって、見事に復活を遂げたのでした。

………

……と(回想シーンが長すぎですけど)二貫のアオリイカをいただいた瞬間、この時の記憶が走馬灯のように駆け抜けました。

佐渡、今回はいけないけど、また行きたいな…。

(続く)

 

12年に一度だけ会える女神さま(井の頭弁財天)③弁天さんはふくふく美人

弁天さんの紋章「三つ鱗」
狛犬さんや宇賀神さんのキュートさを堪能しているうち、45分余りあっという間に過ぎてしまいました。靴を脱いでお堂の小さな回廊で並んで待っていると、堂守のおじいさんがにこにこしながら、

「今回は皆さんよかったですね!お堂の中に入って弁天様のすぐ近くに来れるなんて、もう何十年もなかったことなんですよ」

と少々興奮気味におっしゃいます。こちらのご開帳は12年に一度行われてますが、内陣まで入れるというのはなかなかないみたいです。やったあ!
弁天さんの紋お堂の裏手のほうが入口になっています。弁天さんがいらっしゃるの祭壇の上の厨子。正面から見ると一番奥のほうにありますので、裏手から入ったほうがより近くに寄れるからでしょうか。

その後ろ扉のあたりにこんな紋章がありました。
そのおじいさんのお話では、これが弁天さんの紋だそうです。

この真ん中の三角三つは、結構有名なもので「三つ鱗(みつうろこ)」と言います。有名どころでは、鎌倉幕府の執権を務めた北条氏はこの「三つ鱗」です(「北条三つ鱗」と言います)。

調べてみましたら、そもそも北条氏が「三つ鱗」の家紋を用いるようになったのには、江ノ島弁天さんが関係してるんですね。
北条執権の祖、北条時政が、いまいち不遇だったころに家運興隆を江ノ島弁天にお祈りしたところ、満願の日の朝に高貴な女性が現れて「法華経をよく報じて非道なことをしないようにすれば栄えるだろう」とお告げをして、めちゃくちゃ大きい蛇に変化して海に姿を消したんですって。そしたらそのあとの床に、大蛇の鱗が三枚落ちていて、時政はそれを持ち帰って家宝にし、また家紋にもした、…というストーリーがあるんですね。

以来、北条氏ゆかりのところでもこの「三つ鱗」は目にしますし、弁天さんに関係あるところでもよくこの紋をみることができます。この写真のように「三つ鱗に波紋」のパターンが弁天さんの紋になってるみたいです。

井の頭の弁天さんにいよいよあえる!!
さて、そうしていよいよ内陣へ。
もうお気づきかと思いますが、秘仏ですので、写真撮影はNGです。(というか、そもそも仏像はほとんどが写真撮影不可です。申請などしたらまたお話は別ですが)

でも、ここで皆さんにそのお姿をご報告できないのは残念すぎるので、その時の記憶をたよりにちょっとイラストにしてみました。
弁天様(うろ覚え)腕は8本。持ち物は、ほとんど覚えてないんですが、剣と宝珠をもってた、と思うんですよね。
それから額の上にも宝珠があった、ような。
ンでたぶん頭頂部に宇賀神さんがいた、ような…。

正直言って、全部勘違いかもしれません。すみません。
だけど、拝観できた時間、たぶん10秒くらいなんですよ~~^^;。しかもその場でメモるなんて言語道断って雰囲気ですし。そんなわけで、ざっくりこんな雰囲気のお像だった、と思っていただけたら幸いです。

全体的な雰囲気をご報告しますと、彩色がよく残っていて、とっても美しいお像でした。造作も大変繊細で、上品です。
お顔は丸顔で、ふっくらとして優しいお母さん、といった感じです(顔はこのイラスト結構似てると思います)。

HPなどで明記されてませんので、時代はちょっとわかりませんが、創建当初からの、「最澄作」というのはちょっと難しいかな^^;。時代はもうちょっと下ると思います。鎌倉末期、または室町くらいじゃないかな、と。いや、でも、何の根拠もないあれです。雰囲気だけでは、そんな感じだった、と思ってください。

とはいえ、何より感じたのは「ああ、ここのあったかい雰囲気通りの弁天さんだなあ」ということ。拝観したくて集まってきた人々がにこにこして譲り合う感じ。お寺側でご奉仕している氏子の方々もみんな楽しそうだった。いらいらした人なんて一人もいなかったなあ。
そんな優しい雰囲気の中心にいるのが、こちらの弁天さん、というのが、ものすごく腑に落ちる感じでした。とにかく優しいのです。そしてなんだかおめでたいのです。

吉祥寺が文化度高いのにはやっぱり…
そもそも、弁天さんこと弁才天は、仏教の中の神様ですが、もともとはインドのヒンズー教に登場する川や湖の女神サラスヴァティーのこと。水と豊穣をつかさどる女神で、富・福をもたらす女神であり、芸術や言語の女神でもあります。

吉祥寺は、100年ほど前には山深い武蔵野の地でしたが、ここ数十年はまさに文化の街として発展しています。そんな街に、こちらの弁天さまがいらっしゃる、というのが何となくものすごく正しい気がします。

さすがだなあ、やっぱり吉祥寺だなあ、なんて思いながら拝観を終え、お堂の外に出ました。お堂の左わきには、「不動堂」があります。こちらには不動明王が祭られているとのことですが、こちらも秘仏みたいですね。
お堂の周りを一回りしてみると、こちらにもかわいらしい弁天さんがいらっしゃいました。
弁天さんこちらの石像の弁天さんも頭の上に宇賀神さんお乗せてるので、宇賀弁天さんです。江戸時代のものだと思われますが、こちらも優しい感じで素敵ですね!

境内には、こんな石像もたくさんありましたが、そのすべてにお花が供えられてました。そのお花が、なんだか妙にお洒落でね。ガーベラやユリを中心に、まるでフラワーアレンジメントって感じ。こちらの弁天さんにはこんなお花もまたよく似合います。
弁天さんこの頭頂部でとぐろを巻いてる宇賀神さんがまたいいですね!
お堂の中の弁天さんには12年に一度しかお会いできませんが、こちらの弁天さんにはいつでもお会いできます。それでも十分ありがたいなあ。

皆さんも、吉祥寺にいらっしゃる際には、ぜひこちらの弁天さんに足を延ばしてみてください!
なんだかとって和みますよ~!

井の頭弁財天
http://www.inokashirabenzaiten.com/welcome.htm

12年に一度だけ会える女神さま(井の頭弁財天)②ハッピー感が止まらない!

 

人面犬?
そんなこんなで和気藹々と行列で待ちながら、境内を眺めていますと、何やらこのお堂の境内には、ハッピー感を高めずにはいられないお像がたくさんあります。いわゆる仏像ではないですけど…
獅子吽形まずはこの獅子ですよ。なんでしょう、この見事なデフォルメ。極限までむだをなくしたこの体の表現。そして顔は……人間じゃん。これって人面犬みたいですよね。
素晴らしい尻尾表現そして、尻尾はこんな尻尾ですよ。なんだろうこのデフォルメ。かわいすぎる!
日本犬のような立尾の子たちって、なんかお尻の穴丸出しで無防備すぎて笑っちゃうんだけど、そんな感じの気持ちになります。
獅子阿形とお神楽そして、こちらが阿形のお獅子。わあ、なんかもうおっさんにしか見えない。
この写真見てると、お神楽とこのお獅子の顔があまりにも愛らしくて、ハッピー感垂れ流しですよ!

「まだ弁天様見てないけど、なんか楽しい!!」
Yさんがにこにこしながらおっしゃいます。ほんと!なんか楽しい!テンション上がります!

しかし散々笑ってしまったこのお獅子、帰宅してから調べてみたところ、実はこの手のものにしては結構古いお像で三鷹市の文化財でした。笑って済みません。

さて、私は先程から「お獅子」と読んでいて、「狛犬」と呼んでおりません。実はこれには理由がありまして、本来、狛犬というのは、犬みたいな動物で、頭部に一本の角のある神獣なのです。

ですが、鎌倉時代に有識故実などを記した書物に、「向かって右側には、口を開いている獅子、左側には口を閉じている狛犬を配す」とあり、その当時から、この両者を一セットとして「狛犬」と呼ぶようになりました。
ところが、その後、いろいろ簡略化されることが多くなり、狛犬の角がなくなり、江戸時代中期以降はついに両方とも獅子で表されることが多くなりました。

狛犬+獅子=狛犬

狛犬(角なし)+獅子=狛犬

獅子+獅子=狛犬

こんな感じ。いつの間にか狛犬いなくなっちゃったじゃん、みたいな。世の中結構いい加減にできてますよね。

ハッピー感が止まらない!!?
そんなこんなで人笑いして、目を転じると…おおおおお!これは!!!!
宇賀神さんでた~!宇賀神(うがじん)さん!!あははははは!!

いや、笑っちゃいけない。この神様はとても大切な神様なのです。
実は、今回拝観しに来た弁天さんは、「宇賀弁天」と聞いてます。宇賀弁天さんというのは何かというと、弁財天という女神さんなんですが、頭の上に宇賀神という神さまを乗っけてる、というスタイルの弁財天なのです。

この宇賀神さん、いったいどんな神様かと言いますと、その出自はよくわからない(諸説あります)のですが、ざっくりいうと穀物の神様です。体は蛇、頭が人というお姿です。
蛇というのは、水霊の象徴ですから、水に関係してる神さまともいえるんじゃないかと思います。弁天さんも水の神様ですから、天台宗の教理の中で、一緒にまつられるようになり、ついには合体パターンが誕生して信仰された、ということみたいです。

それにしても、こちらの宇賀神さん、ものすごくキュートです。まるっとしてるし。
宇賀神さん目の形がへにょんとしてて、笑いジワがあります。頬の筋肉が上に上がっていて、鼻の横にしわが入り、笑いをこらえてるような表情。
体のほうをみますと、尻尾の先がぴょんと上へ跳ね上がっていて、かわいらしいし。

なんだか見てるこちらも、含み笑いしちゃうって感じです。これだけ異形なのに、蛇におじいちゃんの合体型で不気味なはずなのに、なんか、すごい楽しくなっちゃうのが不思議です。

「なんか、なんか楽しいですね!」

私とYさんは、にっこりとほほ笑みあいました。

(続く)