埼玉で発見された「三角縁神獣鏡」!!

リハビリもかねて、近場で公開中の「三角縁神獣鏡」を観に行ってきました。
三角縁陳氏作四神二獣鏡『三角縁神獣鏡』というのは、古墳時代前期(3~4世紀ごろ)の古墳から出土する鏡で、全国で約560面発見されています。神事に使われた鏡で、当時の大和王権から、各地の支配者へ配られたもの。この鏡が出土したということは、当時の大和朝廷とその地域の支配者の間に結びつきがあったことを示しています。

近畿地方、九州地方に圧倒的に多く出してますが、関東でも茨城県1面、千葉県2面、群馬13面、神奈川2面が発見されていますが、この発見は埼玉県下では初でした!!

こちらの鏡には、4柱の神と竜と虎が描かれていたのと、銘文に「陳氏が作った」と会ったことから『三角縁陳氏作四神二獣鏡(さんかくぶちちんしさくししんにじゅうきょう)』と名付けられたとのこと。
裏面いや~、それにしても立派なものでした!
自分の生まれ故郷である東松山市から、まさかこんなものが出てくるとは…。ちょっと感動。

実際、東松山市は派手な観光資源があるわけではないですが、実は古墳は500基近くありますし、鎌倉時代の遺跡などもかなり多いんですよね。渋い歴史マニアには結構お勧めなんですけども…。

ともかく。この鏡が出たことで、この地域に、大和王権とつながりのあるなかなかの力を持つ支配者がいたことは、改めて実証されたような感じです。

ちょっと、渋すぎるので、なかなかぜひにと言い切れませんが、関東の考古学の興味のある方はぜひ!
東松山市埋蔵文化財センターにて8月14日まで公開してます♪
#でもそ日祝日は休みって…^^;。普通の人いけないですよねえ。ううむ。

*こちらの毎日新聞の記事もご参考に!
http://mainichi.jp/feature/news/20130522ddlk11040231000c.html

戦国期、日本の最大輸出品は「傭兵」「奴隷」だった!!?


英雄たちの戦場」ではなく「雑兵たちの戦場」から見る戦国時代の実像!
入院中というのは、体力と同様に思考能力が落ちてるので、ひたすらただその世界を楽しめるような「小説」が向いています。私はひたすら池波正太郎さんの『剣客商売』『鬼平犯科帳』を貪り読んでおりました。

名人・池波さんの小説は、まったく読者に負担を与えません。読者はただその世界に遊べばいいのです。何の心配も思考も必要なく…。

二週間の入院を終え退院したものの、正直言って体はまだもとどおり、というかんじではないので、無理は禁物。原稿を書いたり、企画書を書いたりはちょっと無理だろう、と思って、ここ数日は「本読み」に徹しようと決めました。
入院時よりはだいぶ頭もクリアです。ちょっと「お勉強」な本、テーマは「戦国期」。普段ですとなかなかじっくり読めないような本。こういう時にこそがつっといっとくといいですよね!

そんなわけで、かねてから気になってはいたものの、ちょっと手が出ていなかった名著『雑兵たちの戦場~中世の傭兵と奴隷狩り~』(藤木久志著)から。
zouhyou20130705
うお~~!なんでこの名著をもっと早く読んでおかなかったんだろう!!私のバカバカバカ!と叫びたくなるような素晴らしい一冊でした。

すごくざっくり言ってしまうと、戦国時代を、「武将」という視点からでなく、実際には絶対多数であった「雑兵」から読み解く、という本です。
#雑兵というのは、武士(士分)ではなく、その武士に奉公している若党・足軽と呼ばれる「侍」、またその下で中間・小者・あらしこと呼ばれる「下人」、夫(ぶ)・夫丸(ぶまる)と呼ばれる百姓、また得体のしれない商人・山賊・海賊のこと、と著者は定義しています。

これがまあ、目からうろこなわけですよ!

戦国時代というと、下剋上の時代というイメージで、戦に明け暮れる武将たちの時代、という印象ですが、一方で、天災が相次ぎ、凶作と飢饉が恒常状態になっていた時代でもあるんですね。というか、飢餓状態が普通という時代だったからこそ、社会システムが崩壊し下剋上が可能になった、というべきなんでしょう。

つまり、「天下取り」「領土拡大」のための戦、という側面はもちろんありますけど、特に雑兵たちにとって「生きるため」「食う」ための戦だった、と言える、というのです。

まず、著者は、当時戦場ではヒトやモノの略奪が盛んであったことを明らかにします。そしてそれは戦争の目的であり、また正当な行為として見られていたことを、豊富な事例をもとに示唆します。

なるほど、「人や物の掠奪」があったのは、なんとなく想像範囲内でしたが、公的に認められている「正当な行為」だとは知りませんでした。
特に、「人の掠奪」。つまり「奴隷狩り」です。このことも正当な行為として認められていました。こうして奴隷となった人たちはどうなったかというと、身代金を払ってくれて、元に戻れる人もいれば、そのまま奴隷として生涯を終える人も多くいました。

また、日本人奴隷は盛んに東南アジアなどに輸出されていたという衝撃的事実も描かれます。その奴隷の中でも武術に優れた男たちは、傭兵としてアジア諸国、ヨーロッパ列強の間で重宝されていたそうなんです。

えええええええ!
本当に知らなかった!!!

いや、確か昔日本史の授業で、秀吉がキリスト教を禁教しようと思ったきっかけが、教会が日本人を奴隷として海外に連れ出していることを知って、まずいと思ったから…みたいな話を聞いたことがありましたけど、それどころの話じゃないわけですよ。

第一、秀吉という人は、明らかにこの「雑兵」階層出身の人です。身の回りにも人攫い(人取り)や掠奪の被害に遭ったことはあったでしょうし、自分でもやったことがあったでしょう。

うう~ん。目からうろこだなあ。

なんていって、実は、上記のようなことは、本書の内容の発端でしかありません。

しかし、これだけ違う土台から、戦国時代を見るとがらりと見えてくる風景が変わってしまいます。新鮮です。

一度読んだだけではちょっと頭が追い付かない感じなので、また何度か読まなくちゃ。

 

 

『図説 日本武器集成』(学研)がすごすぎる!

先日、MTGで著者のT先生が持ってらしたのを拝見して、あまりにすごいんで私も早速購入した『図説 日本武器集成』をご紹介します。

いや、やっぱり学研さんなのですよね。こういう大変な本を作っちゃうんですよね。本当にすごいです!!
こういう本って、本当に手間とお金がかかるんです。写真を手配して許可申請して考証して……。
こういうことをしっかりやる、というのはまさに出版の真骨頂じゃないか、と思います。

さて、それはさておき。

本書のすごいところはとにかく現物を写真で見せ、使い方も実際に写真で見せ、そうでないときもイラストで図解し、また、伝説の逸話を実際に実験・実証して見せているところです。
P16-17見開き                  (『図説・日本武器集成』P16-17より引用)
たとえば上の写真。 こんな感じでふんだんに写真を入れてくれてるので、一目瞭然で理解することができます。この見開きでは、古代から平安中期までの刀剣の変遷を知ることができます。ちなみにこの見開き、写真使用料だけで15~20万はしますよ。いやはや。
#…あ、すみません、ついつい。ちょっとやらしいですよね^^;。

また、さすが武器をお好きな方が構成してるんでしょう。このページで見ると、左上に「七星剣」という剣が載っています。これは聖徳太子の佩刀と言われている名剣で、大阪市天王寺の所蔵。国宝です。この七星剣は、北斗七星や雲などが刀身に象嵌されている本当に美しい刀剣です。なんというか、いろいろいわくつきの剣で、古代史好きにはたまらん!という剣です。ロマン掻き立てられる、というか。

さらにその下の部分には、正倉院御物の「金銀鈿荘唐太刀」(明治時代の模造)、またその下には「蕨手刀」があります。この刀剣は、その聖徳太子が生きた時代とほぼ同時期から8世紀ごろまで、東北地方を中心に作られた刀なんですね。この当時、朝廷があった西日本以外の地域の鉄器があったことをちゃんと入れ込んでいるところが隙がないですね。

そして、実験・検証がまたおもしろい!
P30-31              (『図説・日本武器集成』P30-31より引用)

有名な逸話に「天覧兜割り」という話があります。明治の剣豪・榊原鍵吉(直心影流)が、明治天皇の天覧演武の場で、明珍作の兜を同田貫で切り下げた、というお話。

明治のお話なので伝説というほど遠いお話ではありません。たぶん本当にやったんだろうなあ、とは思ってましたが、この見開きを見て「あ、本当にできてるやん!」と感動しました。

ってか、できるんですねえ。まじで。こういうこと!

ほかにも、「弓矢」の項では、弓矢の威力を実際にバケツやフライパンを射たりして実証したりしてますし、平家物語の「那須与一」のお話(船上の的を射る)がいかにすごかったを実証してます。与一と同年代の、全日本学生遠的競技会の優秀経験者三名に、与一と同じような状況で、矢を中てられるかどうか実験してるんですけど、的中率は1割未満。「できなくはないけども、めちゃくちゃ難しい」ということが改めて実証されてます。

とまあ、なんだか熱く語ってしまいましたが、この本は本当に買って損のない本だと思いますよ!

この一冊があれば、日本の武器のパーツ名称、使い方から、派生・発展の歴史などもばっちりわかります。歴史小説や時代小説だけでなく、歴史読み物やもうちょっとしっかりした歴史書を読むときにも、こういう資料があると理解が深くなるんじゃないか、と思います。
心からお勧めします!