年が明けたと思ってましたら、1月ももう下旬に入りました。早いですねえ。…って今年の年末年始にも同じことを書いてしまう予感がしますが(笑)。
さて。
昨週末、中村彰彦先生の「疾風に折れぬ花あり」、第5回目掲載の『文蔵』2014年2月号が刊行されました。
今回の号は、いよいよ主人公、武田信玄の末娘・松姫さんの最愛のお兄さん、仁科五郎盛信(にしなごろうもりのぶ)が、壮絶な戦死を遂げてしまいます~~!弱冠26歳!!
仁科盛信は、武田信玄の五男なのですが、4男の異母兄・勝頼が家を継いだ後も、勝頼を立て武田家に尽くし、最後には世の誰もが「さすが武田武士よ」と賛称するであろう見事な死に方をしました。今号でははその様子が見事に描かれています。
#ちなみに、言うまでもありませんが、私は尋常でなくこの五郎さんに入れこんでます^^。先生の描かれる五郎さんがほんとかっこいいんですよね!
今号の原稿を拝見した私は、先生にため息交じりに何度も申しあげてしまったのですが…。
もし、この五郎さんが武田家を継いでいたら、武田家は滅びなかったのじゃないかと思うのです。それぐらい見事な武人で、家臣にも愛されました。
血筋も勝頼と比べて申し分ないのです。お母さんは側室ですが、武田家の親戚衆・油川氏の出であり、いろいろと問題を生じやすい諏訪氏出身のお母さん(側室)を持つ勝頼と比べてみたら、むしろ圧倒的にいい感じなのです。
何しろ、諏訪氏と武田氏というのは因縁がありすぎて、勝頼のお母さんを側室にする、というのは武田家家臣みな反対したと言います。なので、信玄にとって勝頼は「諏訪氏」を継がせるときめられていた息子でした。武田氏を継ぐ息子は長男がいたので、特に問題なかったんですよね。それでも。
勝頼、という名前を見ればわかりますが、武田家の男子が持つべき「信」の字が入っていません。「頼」は、諏訪氏の通字で、勝は、幼名からとったそうでですけど…、ちょっと変わってる。
普通に考えたら、「信頼」か「頼信」と名乗るでしょう。どうして「信」の字を入れなかったのか…
第20代続いた甲州武田家のなかでも唯一「信」が入っていない当主です。何だろう、この違和感。
そして、この後、その勝頼によって名門武田家は滅びるのです。うーむ…。
と、ちょっと余談になってしまいましたが、一度「滅び」へと舵を切ってしまった武田家の、雪崩を打つように止まらない様子が今回も五郎さんの死でもって、見事に描写されています。
ぜひ、お手に取ってみてくださいね!
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さて、連載のお話はここまでなのですが、
なんとこの『文蔵』、今回の号で100回を数えるんだそうです!すごい!
おめでとうございます~!
月刊誌ですから、年に12回。としますと9年目ですよね
出版不況といわれるこの時代にこの着実な歩み…。ほんとにすごい。
そんな記念すべき号の特集は「働く人が元気になる100冊」です。今回も情報たっぷり、インタビューたっぷりで読み応えすごいですよ~!
(むとう)